はじめに
H3ロケットは、JAXAと三菱重工が開発した日本の次世代基幹ロケットだ。H-IIAの後継として打上げコスト半減(約50億円)と高い運用柔軟性を目指し、2024年2月に試験機2号機で初の軌道投入に成功した。第1段エンジンLE-9は世界初の大推力エキスパンダブリードサイクルであり、ターボポンプの駆動にガスジェネレータを使わない革新的な設計が特徴だ。
H3ロケットの設計思想
コスト半減へのアプローチ
H-IIA(打上げ費用約100億円)から約50億円への削減は、以下の設計戦略で実現される。
| 手法 | 内容 |
|---|---|
| エンジン数の柔軟化 | LE-9を2基または3基選択可能。SRB-3の有無も選択 |
| 電装系の一新 | 航空機用電子部品の転用。専用品を極力排除 |
| 製造の効率化 | 3Dプリント部品、FSW(摩擦撹拌接合)の大幅導入 |
| 射場運用の簡素化 | 自動点検システムにより打上げ準備期間を短縮 |
H3はH3-30S(LE-9×3基、SRB-3なし)からH3-24L(LE-9×2基、SRB-3×4本、大型フェアリング)まで、ペイロード要求に応じた柔軟な構成を提供する。GTO投入能力は最大約6.5トン、SSO投入能力は最大約4トンだ。
SRB-3固体ロケットブースター
SRB-3はH-IIAのSRB-Aを改良した固体ロケットモーターで、推力偏向機構(TVC)を廃止して固定ノズルとすることでコストを削減した。TVC廃止に伴う姿勢制御能力の低下は、LE-9のジンバル制御で補う設計になっている。
LE-9エキスパンダブリードサイクル
原理と特徴
エキスパンダブリードサイクルは、燃焼室とノズルの再生冷却で気化・加熱された液体水素(LH2)の一部をタービンに導き、ポンプを駆動する方式だ。タービンを通過した水素は燃焼室に入らず、ノズルスカート部から放出(ブリード)される。
| 項目 | LE-9 | LE-7A(H-IIA) | RS-25(SSME) |
|---|---|---|---|
| サイクル | エキスパンダブリード | 二段燃焼 | 二段燃焼 |
| 推力(真空) | 1,471 kN | 1,098 kN | 2,279 kN |
| 比推力(真空) | 425秒 | 440秒 | 452秒 |
| 燃焼室圧力 | 10.0 MPa | 12.1 MPa | 20.6 MPa |
| 主な推進剤 | LOX/LH2 | LOX/LH2 | LOX/LH2 |
比推力はLE-7Aの440秒に対してLE-9は425秒とやや低い。これはブリードされる水素が推力に寄与しないためだ。しかし、プリバーナ(予燃焼器)を持たないことで部品点数が大幅に減少し、信頼性とコストで大きな優位性がある。
開発の課題と克服
LE-9の開発では、ターボポンプの液体水素ターボポンプ(FTP)のインデューサで回転キャビテーションが発生し、翼に亀裂が生じる問題が明らかになった。回転キャビテーションは通常のキャビテーションとは異なり、気泡群がインデューサの翼間で回転運動し、翼に周期的な力学負荷を与える現象だ。
JAXAはインデューサ翼の形状変更と、翼根元の応力集中緩和設計で対策を実施した。この問題の解決に約2年を要し、H3の初号機打上げは当初予定から大幅に遅延した。
試験機1号機の失敗と2号機の成功
試験機1号機(2023年3月)
H3試験機1号機は第1段の飛行は正常だったが、第2段エンジンLE-5B-3が着火しないという問題で飛行を中断した。原因は電装系の過電流保護回路が上段エンジン点火信号をブロックしたことで、LE-9自体の問題ではなかった。
試験機2号機(2024年2月)
電装系の設計変更後、試験機2号機は全段正常に飛行し、超小型衛星2基の軌道投入に成功した。これによりH3は運用段階に移行し、2024年以降は年間数回の打上げが計画されている。
技術的なポイント
基礎知識
- エキスパンダサイクル: 再生冷却で気化した推進剤でタービンを駆動する方式。「ブリード」型はタービン排気をノズルから放出する
- 再生冷却: 推進剤を燃焼室壁面の冷却チャネルに流して冷却する手法。推進剤はこの過程で予熱される
- 回転キャビテーション: インデューサ内で気泡群が回転する不安定現象。翼の疲労破壊を引き起こす
- FSW(摩擦撹拌接合): H3のタンク接合に使用される固相接合法
応用例
- LE-9: 大推力エキスパンダブリードの世界初実用化。推力1,471 kN
- RL-10: ULAのCentaur上段エンジン。エキスパンダサイクル(クローズド)の元祖
- LE-5B-3: H3上段エンジン。上段エンジン再着火に対応
まとめ
H3ロケットは、エキスパンダブリードサイクルのLE-9を核に、コスト半減と高信頼性を両立させた日本の次世代基幹ロケットだ。プリバーナ不要による構造の簡素化は、液体ロケットエンジン設計の新たなアプローチであり、製造コスト削減と信頼性向上を同時に実現する。試験機1号機の失敗を乗り越え運用段階に入ったH3は、今後の日本の宇宙輸送と射場インフラの中核を担っていく。
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