はじめに
衛星を軌道に投入しただけでは終わらない。摂動の影響で軌道は常に変化し、放っておけば所定の位置からずれていく。ステーションキーピング(SK)は定期的に小さな軌道修正を行い、衛星を割り当てられた位置に維持する運用だ。推進剤の消費量がSKで決まることも多く、衛星の寿命を直接左右する。
GEO衛星のステーションキーピング
東西ステーションキーピング
GEO衛星は赤道上の特定の経度位置(軌道位置)に配置される。しかし地球の重力場の非球対称性(特に経度依存の重力異常)が衛星を特定の安定点(インド洋上と太平洋上の2点)に引き寄せる。
この経度方向のドリフトを修正するのが東西SKだ。必要なΔVは軌道位置に依存し、年間約1〜2 m/s程度だ。
南北ステーションキーピング
GEO衛星の軌道傾斜角は太陽と月の重力(第三体効果)により年間約0.75〜0.95°変化する。これを修正する南北SKは、年間約45〜50 m/sのΔVが必要であり、GEO衛星のSK予算の大部分を占める。
| SK種類 | 原因 | ΔV(年間) | 割合 |
|---|---|---|---|
| 東西SK | 重力異常(テッセラル調和) | 1〜2 m/s | 約3% |
| 南北SK | 太陽・月の第三体効果 | 45〜50 m/s | 約97% |
南北SKの削減のため、一部のGEO衛星は傾斜軌道運用(inclined orbit operation)を行い、寿命末期に推進剤を節約する。
LEOコンステレーションの軌道保持
大気抵抗への対処
LEOコンステレーションでは大気抵抗による軌道高度の低下が最大の軌道保持課題だ。特に500km以下の軌道では大気密度が有意であり、定期的な軌道上昇マヌーバで高度を維持する。
Starlink衛星は搭載のホール推進器で高度を維持している。太陽活動極大期には大気が膨張し抵抗が増大するため、消費推進剤が増える。
軌道面維持
コンステレーションでは複数の軌道面に衛星を均等配置する必要がある。J2摂動による昇交点赤経の歳差は軌道高度と傾斜角で決まるため、同じ軌道面内の衛星は同じ歳差を受ける。しかし異なる高度に投入された衛星は差動歳差が生じるため、これを補正するマヌーバが必要だ。
位相維持
コンステレーション内の衛星間の位相角(面内の配置間隔)も維持する必要がある。大気抵抗の差や初期投入のばらつきにより位相がずれるため、微小なΔVで調整する。
電気推進によるSK
化学推進から電気推進へ
従来のGEO衛星はヒドラジン系バイプロペラントでSKを行っていたが、現在は電気推進への移行が進んでいる。電気推進の高い比推力により推進剤質量が大幅に削減され、その分追加のペイロードを搭載できる。
| 推進系 | Isp | 15年SK推進剤(3t衛星) | メリット |
|---|---|---|---|
| バイプロペラント | 320s | 約600kg | 実績豊富 |
| ホール推進器 | 1,500s | 約130kg | 軽量化 |
| イオンエンジン | 3,000s | 約65kg | 最軽量 |
デオービット
25年ルール
宇宙デブリ対策として、LEO衛星は運用終了後25年以内に大気圏再突入させるガイドラインがある(近年5年以内への短縮が議論されている)。SKとは逆に、軌道を意図的に下げるデオービットマヌーバが必要だ。
GEO衛星は再突入が困難なため、運用終了後に約300km高い墓場軌道(graveyard orbit)に移動させる。
技術的なポイント
基礎知識
- ステーションキーピング: 摂動による軌道変化を修正し所定の位置を維持する運用
- 南北SK: GEO衛星の軌道傾斜角変化を修正。SK予算の97%を占める
- 差動歳差: 異なる高度の衛星間で昇交点赤経の歳差速度が異なる現象
- 墓場軌道: GEO衛星の退役時に移動する使い捨て軌道。GEO+約300km
応用例
- Eutelsat GEO衛星: 電気推進SKにより衛星質量を削減、15年以上の長寿命運用
- Starlink: ホール推進器でLEOの軌道高度を維持。故障時は大気抵抗で自然デオービット
- GPS衛星: MEO軌道の長期安定性により、最小限のSKで10年以上運用
まとめ
軌道保持は衛星運用の日常業務であり、推進剤消費を通じて衛星の寿命を決定する重要な要素だ。GEO衛星では南北SKが最大のコスト要因であり、電気推進の導入が革命的な効果をもたらした。LEOコンステレーションでは大気抵抗と軌道面維持が主要課題だ。効率的な軌道保持戦略の設計は、宇宙ミッションの経済性に直結する。
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