はじめに
宇宙空間には空気がない。地上では当たり前の対流による放熱が使えないため、宇宙機の熱制御は地上の常識とは全く異なる。太陽光が当たる面は+150℃以上、影の面は-150℃以下。この過酷な熱環境の中で電子機器を-20〜+50℃程度の許容温度範囲に維持するのが熱制御システム(TCS)の役割だ。
宇宙の熱環境
熱入力源
宇宙機への主な熱入力は3つある。
| 熱源 | 強度(LEO) | 特性 |
|---|---|---|
| 太陽放射 | 約1,361 W/m² | 直接的。姿勢・軌道で変動 |
| 地球アルベド | 約400 W/m² | 地球反射光。低軌道で影響大 |
| 地球赤外放射 | 約240 W/m² | 地球放射。低軌道で影響大 |
これに加えて宇宙機内部の電子機器が発生する内部発熱がある。高出力の通信衛星やSAR衛星では内部発熱が支配的となる。
熱の収支
宇宙機の定常状態では熱入力=熱放射が成り立つ。宇宙での唯一の排熱手段は放射(Stefan-Boltzmannの法則)であり、ラジエータ面から宇宙空間に赤外線として熱を放出する。
受動的熱制御
MLI(多層断熱材)
MLI(Multi-Layer Insulation)は宇宙機の熱制御で最も広く使用される断熱材だ。アルミ蒸着したポリイミドフィルム(カプトン等)を10〜30層重ねた構造で、層間の放射熱伝達を大幅に低減する。金色や銀色の「宇宙機らしい外観」はMLIによるものだ。
サーマルコーティング
宇宙機の外面には熱光学特性を制御するサーマルコーティングが施される。太陽光吸収率(α)と赤外放射率(ε)の比率(α/ε)が熱設計の鍵となる。
| コーティング | 太陽光吸収率α | 赤外放射率ε | 用途 |
|---|---|---|---|
| 白色塗料 | 0.2〜0.3 | 0.8〜0.9 | ラジエータ面 |
| 黒色塗料 | 0.9〜0.95 | 0.9〜0.95 | 内部面(均熱化) |
| OSR(光学式太陽反射板) | 0.05〜0.1 | 0.8 | 高排熱ラジエータ |
| 金蒸着 | 0.2〜0.3 | 0.02〜0.03 | 断熱面 |
ヒートパイプ
ヒートパイプは内部の作動液の蒸発・凝縮サイクルで高効率に熱を輸送する受動デバイスだ。発熱源からラジエータまでの熱輸送に使用される。宇宙用ヒートパイプはアンモニアやエタノールを作動液とし、毛管力(ウィック構造)で液を還流させるため無重力でも動作する。
能動的熱制御
ヒーター
宇宙機の低温側の制御には電気ヒーターが使用される。バッテリー、推進系バルブ、光学系などが許容温度を下回らないよう、サーモスタットまたはソフトウェア制御でヒーターをON/OFFする。消費電力が増えるため、電力系の設計に影響する。
ループヒートパイプ(LHP)
LHP(Loop Heat Pipe)は従来のヒートパイプより長距離・大熱量の熱輸送が可能な能動的デバイスだ。蒸発器のウィック構造で駆動力を発生させ、数メートル〜数十メートルの輸送が可能。高出力衛星の熱制御に採用が増えている。
流体ループ
大型宇宙機(ISSなど)ではポンプ駆動の流体ループで熱を輸送する。ISSのアンモニア外部熱制御ループは、モジュール内の発熱を大型ラジエータまで輸送し宇宙空間に排熱する。
技術的なポイント
基礎知識
- MLI: 多層断熱材。放射熱伝達を低減する宇宙機の基本的な断熱技術
- α/ε比: 太陽光吸収率と赤外放射率の比。熱制御設計の最重要パラメータ
- ヒートパイプ: 蒸発・凝縮サイクルで熱を輸送する受動デバイス。無重力対応
- Stefan-Boltzmann則: 放射エネルギーは温度の4乗に比例する法則
応用例
- James Webb宇宙望遠鏡: 5層のサンシールドで-233℃の極低温を実現
- ISS: アンモニア流体ループと大型ラジエータで約100kWの排熱を処理
- はやぶさ2: 太陽距離の変化に対応する可変的な熱制御設計
まとめ
宇宙機の熱制御は、対流のない宇宙空間で放射のみを排熱手段として、太陽光・地球放射・内部発熱のバランスを管理する技術だ。MLI、サーマルコーティング、ヒートパイプなどの受動制御と、ヒーター、LHP、流体ループなどの能動制御を組み合わせ、全ての機器を許容温度範囲に維持する。高出力化する現代の衛星では排熱能力の向上が設計のボトルネックとなっており、新型ラジエータや展開型ラジエータの開発が進んでいる。
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