はじめに
ADCS(Attitude Determination and Control System)は、衛星が宇宙空間で所望の方向を向き続けるための姿勢決定・制御システムだ。地球観測衛星ではカメラを地表に向け、通信衛星ではアンテナを地上局に向け、科学衛星では望遠鏡を天体に向ける。これらすべてがADCSの精密な制御によって実現されている。姿勢制御精度は用途に応じて±数度(IoT衛星)から±数秒角(arcsec)(天文観測衛星)まで幅広い。
姿勢決定(Attitude Determination)
姿勢センサの種類
衛星の現在の姿勢を知るために、複数のセンサが組み合わせて使用される。
| センサ | 精度 | 特徴 |
|---|---|---|
| 太陽センサ | ±0.5〜2° | 太陽方向を検出。安価・軽量。太陽が見えない時は使えない |
| 地球センサ(赤外線) | ±0.05〜0.1° | 地球の赤外放射輪郭を検出。LEO衛星で広く使用 |
| スターセンサ(恒星センサ) | ±1〜10 arcsec | 星空パターンをカメラで撮影し、星カタログと照合。最高精度 |
| 磁気センサ | ±1〜5° | 地磁気ベクトルを検出。低精度だが安価 |
| ジャイロスコープ(IMU) | ドリフト蓄積 | 角速度を計測。短時間は高精度だが積分ドリフトが蓄積する |
高精度な姿勢決定にはスターセンサとジャイロスコープの組み合わせが標準的だ。スターセンサはCCDまたはCMOSカメラで星空を撮影し、搭載された恒星カタログ(10万〜100万星)とパターンマッチングを行うことで、絶対姿勢を±数秒角で決定する。ジャイロは高レートでの姿勢変化を追跡し、スターセンサの更新周期(1〜10 Hz)の間を補間する。
姿勢推定アルゴリズム
センサデータから姿勢を推定する標準的なアルゴリズムは拡張カルマンフィルタ(EKF)だ。四元数(クォータニオン)で姿勢を表現し、ジャイロデータで予測、スターセンサ・太陽センサ・地球センサで更新するEKFにより、各センサの長所を融合した高精度な姿勢推定が実現される。
姿勢制御(Attitude Control)
アクチュエータの種類
| アクチュエータ | トルク | 特徴 |
|---|---|---|
| リアクションホイール(RW) | 小〜中 | 精密制御に最適。角運動量蓄積の問題あり |
| CMG(コントロールモーメントジャイロ) | 大 | 大型衛星・宇宙ステーション向け。ISS等で使用 |
| 磁気トルカ | 微小 | 地磁気との相互作用。RWのアンローディングに使用 |
| スラスタ(RCS) | 大 | 化学推進。大角度マヌーバや軌道制御に使用 |
リアクションホイール(RW)は最も広く使われる精密姿勢制御アクチュエータだ。フライホイールの回転速度を変化させることで反作用トルクを衛星に与え、姿勢を変更する。3軸制御には最低3基のRWが必要だが、1基が故障した場合のバックアップとして4基構成が標準的だ。
角運動量管理
リアクションホイールはトルクを発生させる代わりに角運動量を蓄積する。太陽輻射圧や大気抵抗による外乱トルクが一方向に継続すると、RWの回転速度が上限に達する(飽和)。この角運動量を放出する操作をアンローディング(デサチュレーション)と呼ぶ。
LEO衛星では磁気トルカによるアンローディングが一般的だ。磁気トルカはコイルに電流を流して磁気双極子モーメントを発生させ、地磁気との相互作用でトルクを得る。GEO衛星では地磁気が弱いため、小型スラスタによるアンローディングが用いられる。
制御則の設計
PD制御とクォータニオンフィードバック
姿勢制御の基本はPD制御(比例-微分制御)だ。姿勢誤差(クォータニオンのベクトル成分)に比例ゲインを乗じた項と、角速度誤差に微分ゲインを乗じた項を合計して制御トルクを算出する。
より高度な制御では、大角度マヌーバのためのスルーレート制限、外乱推定・補償のための外乱オブザーバ、柔軟構造物の振動抑制のためのノッチフィルタなどが制御ループに組み込まれる。
スラスタによる姿勢制御
化学推進スラスタ(RCS)は大トルクを発生できるが、オン・オフ(バンバン)制御が基本であり、比例制御に比べて精度が劣る。パルス幅変調(PWM)やパルス周波数変調(PFM)で擬似的な比例制御を実現する手法が使われている。電気推進の中には推力の連続可変が可能なものもあり、精密な軌道・姿勢制御に適している。
技術的なポイント
基礎知識
- クォータニオン: 4つの実数で3次元回転を表す数学的表現。特異点がなく、姿勢制御の標準的な姿勢表現
- EKF(拡張カルマンフィルタ): 非線形システムの状態推定アルゴリズム。衛星のAD(姿勢決定)で標準的に使用
- 飽和(サチュレーション): RWの回転速度が上限に達し、追加トルクを発生できなくなる状態
- スルーマヌーバ: 衛星の姿勢を大角度変更する操作。地球観測衛星のターゲット切替などで必要
応用例
- Sentinel-2(ESA): スターセンサ+ジャイロ+RW×4基。姿勢精度±0.01°で高精度地球観測
- ISS: CMG×4基で姿勢制御。角運動量飽和時はスラスタでアンローディング
- 強化学習による衛星ADCS: AIを活用した次世代の適応型姿勢制御
まとめ
ADCSは衛星ミッションの成否を決定する中核サブシステムだ。スターセンサとジャイロの融合による高精度な姿勢決定、リアクションホイールと磁気トルカによる精密姿勢制御、そしてカルマンフィルタベースの推定アルゴリズムが現代のADCSの三本柱である。今後はAIによる適応制御や、フォーメーションフライングのための協調姿勢制御が次のフロンティアとなる。
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