はじめに
スタートラッカー(恒星センサ)とジャイロスコープは、衛星の姿勢制御システム(ADCS)における姿勢決定の二大センサだ。スタートラッカーは星空から絶対姿勢を決定し、ジャイロは角速度から姿勢の時間変化を追跡する。両者を融合することで、更新レートの低いスタートラッカーの弱点とドリフトが蓄積するジャイロの弱点を互いに補い合い、高精度かつ連続的な姿勢推定が実現される。
スタートラッカーの原理
画像取得と星検出
スタートラッカーはCCDまたはCMOSイメージセンサで視野内(FOV: 10〜20°四方が典型)の星空を撮影し、画像処理で星の位置を検出する。検出された星の角距離パターンを搭載された恒星カタログ(Hipparcos, Tycho-2等)と照合することで、衛星の絶対姿勢を決定する。
| パラメータ | 典型値 |
|---|---|
| 視野角(FOV) | 10〜25° |
| 検出等級 | 6〜7等星まで |
| カタログ星数 | 5,000〜100,000星 |
| 更新レート | 1〜10 Hz |
| 姿勢精度(3軸) | 1〜30 arcsec(3σ) |
| 消費電力 | 2〜10 W |
パターンマッチング・アルゴリズム
最も広く使われるアルゴリズムはトライアングルマッチングとLost-in-Space(LIS)アルゴリズムだ。LISは事前の姿勢情報なしに、検出された星のパターンだけから姿勢を決定する能力を持つ。起動直後や姿勢喪失後の回復に不可欠な機能だ。
近年はニューラルネットワークベースの星パターン認識も研究されており、従来のルックアップテーブル方式に比べて計算量を削減しつつ、迷光やストレイライトに対するロバスト性を向上させる可能性がある。
課題:迷光と被曝
スタートラッカーは太陽光、月光、地球反射光(アルベド)が視野内に入ると飽和やゴーストが発生し、正常に動作しない。このため、取付位置と視野方向は太陽・地球からの迷光を最小化するよう設計され、バッフル(遮光筒)で遮光する。LEO衛星では軌道の約40%が地球アルベドの影響範囲となり、この期間はジャイロのみで姿勢を維持する。
ジャイロスコープの種類
光学式ジャイロ
光学式ジャイロスコープはサニャック効果を利用して角速度を計測する。光路を周回する2つの光ビーム(時計回りと反時計回り)の干渉パターンが回転に応じて変化する原理だ。
| 種類 | バイアス安定性 | 質量 | コスト | 用途 |
|---|---|---|---|---|
| RLG(リングレーザジャイロ) | 0.001〜0.01 °/hr | 1〜5 kg | 高 | 大型衛星・航空機 |
| FOG(光ファイバジャイロ) | 0.01〜0.1 °/hr | 0.5〜2 kg | 中 | 中型衛星 |
| MEMS ジャイロ | 1〜10 °/hr | 数g〜数十g | 低 | CubeSat・SmallSat |
RLG(リングレーザジャイロ)は三角形または四角形のガスレーザ共振器内で2方向のレーザ光を伝搬させ、回転によるビート周波数から角速度を検出する。最高精度だが大型・高価・高消費電力であり、軍事・航空宇宙の高精度用途に限られる。
FOG(光ファイバジャイロ)は長い光ファイバをコイル状に巻いてサニャック干渉計を構成する。RLGに次ぐ精度を持ちながら小型・軽量で、現代の中大型衛星で最も広く使われるジャイロだ。
MEMSジャイロはシリコン基板上の微小振動子のコリオリ力を検出する方式で、極めて小型・軽量・安価だが精度は低い。CubeSatやSmallSatのコスト制約の下では十分な精度を提供する。
センサ融合と統合航法
スタートラッカー+ジャイロの融合
スタートラッカーの低レート・高精度とジャイロの高レート・ドリフトありという特性を融合するのが拡張カルマンフィルタ(EKF)だ。ジャイロ出力で姿勢を予測(時間更新)し、スタートラッカーの観測が得られたタイミングで姿勢推定を補正(観測更新)する。
この融合により、スタートラッカーが一時的にブラインド(太陽・地球の迷光で使えない)になっても、ジャイロが姿勢を保持し続ける。FOGの場合、数十分間のブラインド期間でも0.01°以下の精度を維持できる。
技術的なポイント
基礎知識
- サニャック効果: 回転系において光路を周回する光の位相差が回転角速度に比例する物理現象
- バイアス安定性: ジャイロの出力オフセット(バイアス)の時間安定性。°/hrで表す。小さいほど高精度
- ARW(Angle Random Walk): ジャイロの白色雑音成分。°/√hrで表す。積分すると姿勢の不確かさに変換される
- Lost-in-Space: 事前姿勢情報なしで星パターンから姿勢を決定する能力
応用例
- Hubble宇宙望遠鏡: 3基のFGS(Fine Guidance Sensors)とRLG。0.007 arcsecの指向精度
- Sentinel-2: FOG + スタートラッカー。0.01°の姿勢精度で高精度地球観測
- CubeSat向け: Blue Canyon Technologies XACT(MEMSジャイロ+スタートラッカー)。1U ADCSモジュール
まとめ
スタートラッカーとジャイロスコープは衛星の姿勢決定の両輪だ。スタートラッカーの絶対精度とジャイロの連続追跡能力をカルマンフィルタで融合することで、あらゆる運用状況で高精度な姿勢推定が実現される。光学式ジャイロ(FOG/RLG)が中大型衛星の主流であり、MEMSジャイロがCubeSat市場を拓いている。今後はAIベースの姿勢推定や、衛星搭載AIとの統合による自律的な姿勢管理の高度化が期待される。
参考文献
- Markley, F.L. and Crassidis, J.L., “Fundamentals of Spacecraft Attitude Determination and Control”, Springer, 2014. Springer
- Liebe, C.C., “Star Trackers for Attitude Determination”, IEEE Aerospace and Electronic Systems Magazine, vol.10, no.6, 1995. IEEE
- Blue Canyon Technologies, “XACT ADCS”, BCT Official Site. BCT