はじめに
宇宙空間は今や安全保障上の重要ドメインとなった。2007年の中国によるASAT(衛星破壊兵器)実験、2022年のロシアによるASAT実験は、宇宙空間の脆弱性を世界に突きつけた。米国は宇宙軍(USSF)を2019年に独立軍種として創設し、中国・ロシアも宇宙戦力を急速に拡大している。こうした中、米宇宙開発庁(SDA)が主導する防衛コンステレーション構想が、宇宙安全保障のあり方を根本から変えようとしている。
米国宇宙開発庁(SDA)の防衛コンステレーション
Proliferated Warfighter Space Architecture(PWSA)
SDAが構築するPWSAは、数百〜数千基のLEO小型衛星で構成される防衛用コンステレーションだ。従来の軍事衛星が高価な大型衛星を少数配備するアプローチだったのに対し、PWSAはメガコンステレーションの手法を安全保障に転用する。
PWSAは以下のレイヤーで構成される。
| レイヤー | 機能 | 衛星数(計画) |
|---|---|---|
| Transport Layer | 衛星間光通信による低遅延データ転送 | 300基以上 |
| Tracking Layer | 極超音速滑空体(HGV)の検知・追跡 | 200基以上 |
| Custody Layer | 目標の継続的な追跡・照準情報の提供 | 非公開 |
| Navigation Layer | GPS拒否環境での代替測位 | 開発中 |
| Deterrence Layer | 抑止・防護能力 | 非公開 |
Transport Layerの技術
Transport Layerの核心は光衛星間通信(OISL)だ。光衛星間通信の技術をベースに、低遅延・高帯域・対妨害性を実現する。SDAはTranche 0として2023年に最初の衛星群を打ち上げ、Tranche 1(2024〜2025年)では150基以上を配備する計画だ。York Space Systems、Lockheed Martin、Northrop Grummanが製造を担当している。
Tracking Layerと極超音速脅威
Tracking Layerの主目的は、弾道ミサイルではなく極超音速滑空体(HGV)や極超音速巡航ミサイル(HCM)の検知・追跡だ。従来のミサイル早期警戒衛星はGEO軌道から赤外線センサで弾道ミサイルの噴射を検知するが、HGVは大気上層を高速で滑空するため、従来の早期警戒システムでは追跡困難だ。LEO衛星群で上方から俯瞰することで、HGVの熱源を継続的に追跡できる。
ASAT兵器と宇宙空間の脅威
直接上昇型ASAT
直接上昇型ASAT(DA-ASAT)は、地上から発射されるミサイルで軌道上の衛星を物理的に破壊する。2007年の中国のASAT実験では3,000個以上のデブリが発生し、スペースデブリ問題を深刻化させた。2021年のロシアのASAT実験でも1,500個以上のデブリが生じ、ISSの乗組員が緊急退避を行った。
| 実験 | 年 | 国 | 高度 | デブリ数 |
|---|---|---|---|---|
| 風雲1C破壊 | 2007年 | 中国 | 865 km | 3,500+ |
| USA-193迎撃 | 2008年 | 米国 | 240 km | 短寿命 |
| Cosmos 1408破壊 | 2021年 | ロシア | 480 km | 1,500+ |
共軌道型ASAT
共軌道型ASAT(Co-orbital ASAT)は、目標衛星と同じ軌道に投入され接近・攻撃する。ロシアのCosmos 2542/2543(2020年)は米偵察衛星USA-245に接近し、さらにサブサテライトを放出したことで注目を集めた。この事例は近接運用(RPO)の技術が攻撃的にも利用され得ることを示している。
非運動的手段
衛星への攻撃は物理的破壊だけではない。電波妨害(ジャミング)、レーザー照射による一時的無力化、サイバー攻撃による地上制御の乗っ取りなど、非運動的手段も重大な脅威だ。2022年のウクライナ侵攻に際して、ロシアは侵攻開始前にViaSatのKA-SAT衛星ネットワークにサイバー攻撃を仕掛け、ウクライナの通信インフラを広範囲で麻痺させた。
シスルナ空間の監視
月近傍のSSA
宇宙安全保障の対象範囲はシスルナ空間(地球-月間)に拡大しつつある。米国防総省はシスルナ空間の宇宙状況認識(SSA)を新たな優先事項として位置付けている。月近傍の軌道(NRHOやDROなど)を利用した軍事活動への対応が課題だ。
NASAのGatewayが配置されるシスルナ空間のラグランジュ点L1/L2付近は、地球からの監視が困難であり、新たな宇宙監視インフラが必要とされている。
Deep Space Advanced Radar Capability(DARC)
オーストラリア、カナダ、英国が共同で開発するDARCは、GEO以遠の物体を追跡可能な大型レーダーシステムだ。従来のSSAシステム(米Space Fenceなど)はLEO〜MEOが主な監視範囲だが、DARCはGEOからシスルナ空間までカバーする。
日本の宇宙安全保障戦略
日本は2022年の宇宙安全保障構想で、宇宙を防衛の重要ドメインと位置付けた。準天頂衛星みちびきは測位だけでなく、安全保障利用の拡大が計画されている。また、航空自衛隊の宇宙作戦群がSSA任務を担い、米国のCSpOC(統合宇宙運用センター)と連携してデブリ・脅威の監視を行っている。
日本の宇宙産業における防衛需要の拡大は、新たな成長ドライバーとなりつつある。
技術的なポイント
基礎知識
- SDA(Space Development Agency): 米宇宙開発庁。2022年に宇宙軍傘下に移行。防衛コンステレーションPWSAを推進
- ASAT(Anti-Satellite): 衛星攻撃兵器。直接上昇型、共軌道型、非運動的手段に分類
- SSA(Space Situational Awareness): 宇宙状況認識。軌道上物体の検知・追跡・識別
- HGV(Hypersonic Glide Vehicle): 極超音速滑空体。マッハ5以上で大気上層を滑空し、従来の弾道追跡が困難
応用例
- SDA PWSA: 数百基のLEO衛星群で極超音速脅威を追跡。2023年からTranche 0配備開始
- Space Fence(マーシャル諸島): Sバンドレーダーで10cm級デブリまで追跡可能。1日40万回の観測
- みちびき: 日本の準天頂衛星。測位精度cm級を実現し、安全保障用途への拡大を計画
まとめ
宇宙安全保障は、大型静止軌道衛星の時代からLEOコンステレーションによる分散・冗長アーキテクチャへと移行しつつある。SDAのPWSAはStarlinkの設計哲学を防衛に応用し、ASAT攻撃への耐性を高めている。シスルナ空間への監視範囲拡大、サイバー脅威への対応、同盟国間の連携強化が今後の課題であり、宇宙の平和利用と安全保障のバランスが問われ続けるだろう。
参考文献
- SDA, “Proliferated Warfighter Space Architecture”, Space Development Agency. SDA
- Harrison, T. et al., “Space Threat Assessment 2023”, CSIS Aerospace Security Project, 2023. CSIS
- 内閣府, “宇宙安全保障構想”, 2022. 内閣府宇宙政策
- Weeden, B. and Samson, V., “Global Counterspace Capabilities”, Secure World Foundation, 2024. SWF
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