火星EDL自律航法|Perseveranceの着陸技術

はじめに

火星への着陸は「7分間の恐怖(Seven Minutes of Terror)」と呼ばれる。大気圏突入から着陸までのわずか7分間に、秒速5.5kmから速度ゼロまで減速しなければならない。火星と地球の通信遅延は片道4〜24分あり、地上からのリアルタイム制御は不可能だ。2021年に着陸したPerseveranceローバーは、TRN(Terrain Relative Navigation)を世界で初めて火星着陸に適用し、従来の着陸精度を10倍以上向上させた。この技術は今後のMars Sample Return(MSR)や有人火星着陸の基盤となる。


EDLの三段階

Entry(大気圏突入)

火星大気圏突入時、探査機は約5.5 km/sの速度でエアロシェル(直径4.5m、PICA熱防護材)に覆われた状態で大気に突入する。大気密度は地球の約1%と薄いため、空力減速のみでは十分な減速ができない。

突入時の最大加熱率は約120 W/cm²、最大過重力(G)は約10Gに達する。エアロシェルのSLA-561V/PICA(Phenolic Impregnated Carbon Ablator)熱防護材がこの極限環境を耐える。

Descent(降下)

速度がマッハ2以下に減速すると、超音速パラシュート(直径21.5m、Disk-Gap-Band型)が展開される。パラシュートによりさらに減速した後、ヒートシールドを分離して地表を直接カメラで視認可能にする。

この段階でTRNが作動する。Lander Vision System(LVS)が地表画像をリアルタイムで撮影し、搭載地形マップとマッチングして自機位置を高精度に推定する。

Landing(着陸)

パラシュートでの減速が限界に達すると(約100 m/s)、バックシェルとパラシュートを分離し、8基のスロットル可能なMLE(Mars Lander Engine)を搭載したデセントステージが動力降下を開始する。

最終段階ではスカイクレーン機動が実行される。デセントステージがホバリングしながら、ローバーをナイロンブライドル(テザー)で約7.6m下方に吊り下げ、ローバーの車輪が地面に接触したことを検知してテザーを切断する。

EDLフェーズ 高度 速度 時間
大気圏突入 125 km 5.5 km/s 0分
最大加熱 40〜50 km 〜4 km/s +80秒
パラシュート展開 11 km マッハ2 +240秒
ヒートシールド分離 9 km 150 m/s +260秒
TRN作動 4〜2 km 100 m/s +340秒
動力降下開始 2 km 80 m/s +360秒
スカイクレーン 20 m 0.75 m/s +400秒
タッチダウン 0 m 0 m/s +420秒

TRN(Terrain Relative Navigation)の革新

Lander Vision System

TRNはPerseveranceの着陸精度を従来のMSL(Curiosity)の±20kmから±40m以内に劇的に向上させた技術だ。

LVSは以下のコンポーネントで構成される: – ナビゲーションカメラ: 下方を撮影するモノクロカメラ – 搭載地形マップ: 事前にMROの画像から作成した着陸エリアの高解像度地形データベース – マッチングアルゴリズム: カメラ画像と地形マップの特徴点マッチング – 慣性航法との統合: IMU(慣性計測装置)データとTRN位置推定の融合

“The Lander Vision System identified the spacecraft’s position relative to the surface with an accuracy of approximately 40 meters, enabling a safe landing in Jezero Crater.”

Johnson, A.E. et al., “Mars 2020 Lander Vision System Performance in Flight”, AIAA SciTech 2022

ハザード回避

TRNの位置推定結果に基づき、ハザード回避(Terrain Hazard Assessment)が実行される。搭載アルゴリズムが着陸予定地点の地形を評価し、岩石や傾斜地などの危険を検出した場合、自動的に安全な代替着陸点にリダイレクトする。Perseveranceは実際にジェゼロクレーターの川デルタ近傍の複雑な地形で、ハザード回避により安全に着陸した。


MEDLI2: 大気データ取得

突入環境の実測

MEDLI2(Mars Entry, Descent, and Landing Instrumentation 2)は、Perseveranceのエアロシェルに搭載されたセンサ群で、突入中の熱環境と圧力を直接計測した。

  • 熱流束センサ: 3箇所のサーモカプル
  • 圧力センサ: ヒートシールド上の圧力ポート
  • 背面温度センサ: バックシェル内の温度計測

MEDLI2のデータは、TPSの設計マージン検証と熱防護システムの進化に直接貢献している。


将来技術: Mars Sample ReturnとSafe & Precise Landing

Mars Sample Return (MSR)

Perseveranceが採取したサンプルチューブを地球に持ち帰るMSRミッションでは、ジェゼロクレーター内の特定地点へのピンポイント着陸が要求される。TRNの技術がさらに精度を高め、数m以内の着陸精度が目標だ。

NASA Safe & Precise Landing

NASAのSafe & Precise Landing: Integrated Communication and Navigation(SPLICE)プロジェクトは、テラインレラティブナビゲーションを次世代技術に発展させる取り組みだ。Flash LIDAR、ドップラーライダー、高精度IMUを統合し、月面・火星面への安全着陸技術を確立する。


技術的なポイント

基礎知識

  • TRN(Terrain Relative Navigation): カメラ画像と搭載地形マップのマッチングで自機位置を推定する航法技術
  • スカイクレーン: デセントステージがホバリングしながらローバーをテザーで吊り下げて着陸させる方式
  • PICA(Phenolic Impregnated Carbon Ablator): SpaceX Dragonにも使われるアブレーション型熱防護材
  • レンジトリガー: パラシュート展開タイミングを、速度ではなく着陸地点までの距離に基づいて決定する方式

応用例

  • Perseverance(2021): TRNとスカイクレーンでジェゼロクレーターに精密着陸
  • Curiosity/MSL(2012): スカイクレーン初実証。TRNなしで±20km精度
  • JAXA SLIM(2024): 月面ピンポイント着陸(100m精度)を実証

まとめ

火星EDLは「7分間の恐怖」と呼ばれる完全自律の着陸シーケンスであり、TRNの導入はその精度を桁違いに向上させた。Perseveranceの成功は、再利用ロケットの着陸制御と共通する凸最適化ベースの動力降下誘導がベースにある。将来のMSRや有人火星着陸に向けて、SPLICE/Flash LIDARによるさらなる精度向上が進んでおり、2030年代の火星探査を支える基盤技術となるだろう。


参考文献

  • Johnson, A.E. et al., “Mars 2020 Lander Vision System Performance in Flight”, AIAA SciTech 2022. AIAA
  • NASA JPL, “Mars 2020 Perseverance Rover: Entry, Descent, and Landing”, NASA Mars. NASA Mars EDL
  • Way, D.W. et al., “Mars Science Laboratory: Entry, Descent, and Landing System Performance”, Journal of Spacecraft and Rockets, vol.51, no.4, 2014. AIAA JSR
  • NASA, “Safe and Precise Landing – Integrated Communication and Navigation (SPLICE)”, NASA Space Technology. NASA SPLICE

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