はじめに
地球から数億〜数十億km先の探査機と通信するには、極めて微弱な信号を受信・送信する深宇宙通信(Deep Space Communication)技術が必要だ。NASAのDSN(Deep Space Network)は、世界3カ所に配置された大型アンテナ群で24時間365日の深宇宙通信を提供し、Voyager(太陽系外)からNew Horizons(冥王星)まで、あらゆる惑星間ミッションを支えている。
DSN(深宇宙ネットワーク)
3局体制
DSNは約120度間隔で配置された3つの地上局で構成され、地球のどの向きからでも少なくとも1局が探査機と通信可能だ。
| 地上局 | 所在地 | 最大アンテナ |
|---|---|---|
| ゴールドストーン(GDSCC) | 米国カリフォルニア | 70m(DSS-14) |
| マドリード(MDSCC) | スペイン | 70m(DSS-63) |
| キャンベラ(CDSCC) | オーストラリア | 70m(DSS-43) |
各局には70mパラボラアンテナ(1基)と34mアンテナ(複数基)が配備されている。70mアンテナは直径70mの巨大な可動式パラボラで、Voyagerのような極めて微弱な信号を受信できる世界最高感度のアンテナだ。
通信リンクバジェット
深宇宙通信の設計はリンクバジェットで行われる。送信電力、アンテナゲイン、自由空間損失、受信感度から、到達可能なデータレートが計算される。
距離が2倍になると信号強度は1/4に減衰する(逆二乗則)。木星(約8億km)と冥王星(約50億km)では信号強度の差は約40倍にもなり、データレートはそれに比例して低下する。
| ミッション | 距離 | ダウンリンクレート |
|---|---|---|
| 火星周回衛星(MRO) | 約2.5億km | 最大6 Mbps(HGA) |
| 木星(Juno) | 約8億km | 約40 kbps |
| 冥王星(New Horizons) | 約50億km | 約1 kbps |
| 太陽系外(Voyager 1) | 約240億km | 約160 bps |
通信技術の詳細
変調方式と誤り訂正
深宇宙通信では極めて低いSNR(信号対雑音比)で通信する必要がある。このため、高効率な変調方式と強力な誤り訂正符号が使用される。
- 変調: BPSK, QPSK, 8PSKなどの位相偏移変調
- 誤り訂正: ターボ符号、LDPC符号。シャノン限界に近い性能
- インターリーブ: バースト誤りを分散させる
Xバンドとkaバンド
| 周波数帯 | 周波数 | データレート | 天候感度 |
|---|---|---|---|
| Sバンド | 2.3 GHz | 低 | 低 |
| Xバンド | 8.4 GHz | 中 | 中 |
| Kaバンド | 32 GHz | 高 | 高(降雨減衰) |
Kaバンドは波長が短い分、アンテナビーム幅が狭くなりゲインが高いため、同じアンテナでXバンドの4〜5倍のデータレートを実現できる。ただし地上での降雨減衰の影響を受けやすい。
光通信の革新
NASA DSOC
NASAのDSOC(Deep Space Optical Communications)はPsyche探査機に搭載された深宇宙光通信実験で、2023〜2024年にかけて地球-宇宙機間の光通信を数億km以上の距離で実証した。1,550nmの近赤外レーザーを使用し、Xバンド比で10〜100倍のデータレート向上が期待される。
光衛星間通信(OISL)技術の深宇宙への拡張であり、将来の火星有人ミッションでの高帯域通信を見据えた技術実証だ。
技術的なポイント
基礎知識
- DSN(Deep Space Network): NASAが運用する深宇宙通信インフラ。世界3局の大型アンテナ群
- リンクバジェット: 送信電力・アンテナゲイン・伝搬損失・受信感度から通信可能なデータレートを算出する設計書
- 逆二乗則: 信号強度は距離の二乗に反比例して減衰する
- EIRP(等価等方放射電力): 送信電力×アンテナゲイン。送信能力の総合指標
応用例
- Voyager 1: 地球から約240億km。160 bpsで今なお通信継続中
- MRO(Mars Reconnaissance Orbiter): 火星からのデータリレー衛星。最大6 Mbps
- DSOC: 深宇宙光通信の世界初実証。将来の火星有人通信の基盤
まとめ
深宇宙通信は、逆二乗則と雑音との戦いだ。DSNの70mアンテナ、高効率誤り訂正符号、Kaバンドの活用により、太陽系の端からでもデータを受信できる。NASAのDSOCによる光通信は、深宇宙通信のデータレートを桁違いに向上させる可能性を示した。光衛星間通信技術と深宇宙光通信の融合が、アルテミス計画や将来の木星圏探査のデータ帰還能力を飛躍的に高めるだろう。
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