はじめに
従来のGEO通信衛星の容量は数Gbps程度だったが、HTS(High Throughput Satellite)は数十〜数百Gbpsの容量を実現する。その鍵は周波数再利用だ。地表をマルチスポットビームで分割し、同じ周波数を繰り返し使用することで、限られた帯域から膨大なスループットを引き出す。衛星通信の大容量革命を牽引した技術だ。
HTSの基本原理
周波数再利用
従来の広域ビーム衛星は1つのビームで大陸全体をカバーし、割り当て帯域をそのまま使用していた。HTSは地表を数十〜数百のスポットビームに分割し、隣接しないビーム同士で同じ周波数を再利用する。
4色の周波数再利用パターン(4カラーリング)の場合、理論的には容量がビーム数/4倍に増大する。100ビームなら25倍の容量向上だ。
スポットビームの設計
| パラメータ | ワイドビーム(従来) | HTSスポットビーム |
|---|---|---|
| ビーム径 | 数千km | 数百km |
| ビーム数 | 1〜数個 | 数十〜数百 |
| 周波数再利用 | なし | 3〜7色 |
| ビームあたり容量 | 数百Mbps | 数Gbps |
HTSの世代
第1世代HTS
ViaSat-1(2011年)が商業HTS の先駆者だ。72のKa帯スポットビームで140Gbpsの容量を実現し、当時の全北米通信衛星の合計容量を1基で上回った。
VHTS(Very High Throughput Satellite)
VHTSはHTSの進化形で、1Tbps級の容量を目指す。ViaSat-3は衛星1基あたり1Tbps以上を計画しており、SES O3bのmPOWERシステムは中軌道(MEO)からVHTSサービスを提供する。
| 衛星 | 事業者 | 容量 | 軌道 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| ViaSat-1 | Viasat | 140 Gbps | GEO | 初の商業HTS |
| ViaSat-3 | Viasat | 1+ Tbps | GEO | VHTS世代 |
| SES-17 | SES | 200+ Gbps | GEO | デジタルペイロード搭載 |
| O3b mPOWER | SES | 数十Tbps(系全体) | MEO | 中軌道HTS |
フレキシブルペイロード
デジタルペイロード
従来のHTSはアナログ中継器で信号を増幅・周波数変換するだけだった。デジタルペイロードはオンボードで信号をデジタル処理し、ビーム間のルーティング、帯域の動的割当て、ビームフォーミングを柔軟に行える。
SES-17やEutelsat Konnect VHTSがデジタルペイロードを搭載し、需要に応じたダイナミックな容量配分を実現している。
ソフトウェア定義衛星
究極のフレキシブルペイロードはソフトウェア定義衛星だ。ペイロードの機能をソフトウェアで変更でき、打上げ後にミッションを再構成できる。Airbus OneSatプラットフォームが代表例で、衛星を「汎用プラットフォーム」化する。
地上系の進化
VSAT端末
HTSの普及に伴い、ユーザー端末(VSAT: Very Small Aperture Terminal)も進化している。Kaバンドのフラットパネルアンテナや電子走査アンテナにより、航空機や船舶の移動体でもHTSサービスを利用できるようになった。
技術的なポイント
基礎知識
- 周波数再利用: 離れたスポットビームで同じ周波数を繰返し使用し容量を増大
- 4カラーリング: 4つの周波数/偏波の組合せでスポットビームを配色する設計手法
- デジタルペイロード: オンボードデジタル処理でビーム間ルーティング・帯域配分を柔軟化
- フラットパネルアンテナ: 薄型の電子走査アンテナ。移動体通信に適する
応用例
- JAL/ANA機内Wi-Fi: HTSを利用した航空機内インターネット接続
- クルーズ船通信: Ka帯HTSで海上での高速インターネットを提供
- 災害時通信: 地上インフラ被災時にHTSが臨時のブロードバンド回線を提供
まとめ
HTSは周波数再利用とスポットビーム技術により、衛星通信の容量を桁違いに拡大した。デジタルペイロードとソフトウェア定義衛星の登場で柔軟性も大幅に向上している。LEOコンステレーションが低遅延で攻勢をかける中、GEO HTSは大容量・広域カバレッジの利点を活かし、航空・海事・企業向け市場で存在感を維持している。
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