衛星通信の基礎と変遷|電波で宇宙と地上を結ぶ

はじめに

衛星通信は宇宙技術の中で最も商業的に成功した分野だ。1962年のTelstar 1による初の大西洋横断テレビ中継から60年以上、衛星通信は放送、電話、インターネット、航空機・船舶通信の基盤として発展してきた。現在はStarlinkのメガコンステレーションが衛星通信の概念を根本的に変えつつある。


衛星通信の基本原理

周波数帯

衛星通信はマイクロ波帯の電波を使用する。用途と特性に応じて複数の周波数帯が使い分けられる。

帯域 周波数 特性 主な用途
L帯 1〜2 GHz 雨の影響小、低ゲイン 海事・航空通信、GPS
S帯 2〜4 GHz L帯と同様 データ中継、テレメトリ
C帯 4〜8 GHz 雨の影響小 テレビ放送、通信幹線
Ku帯 12〜18 GHz 中帯域幅 直接放送(BS/CS)、VSAT
Ka帯 26〜40 GHz 広帯域だが降雨減衰大 高スループット衛星(HTS)
V帯 40〜75 GHz 超広帯域 次世代大容量通信

高い周波数帯ほど広い帯域幅が利用でき大容量通信が可能だが、降雨減衰が大きくなるトレードオフがある。

リンクバジェット

衛星通信の設計の基礎はリンクバジェットだ。送信電力、アンテナゲイン、自由空間損失、大気減衰、受信機感度を計算し、必要な信号品質(C/N比やEb/N0)を確保できるかを検証する。

受信C/N [dB] = EIRP + G/T - 自由空間損失 - 大気損失 - k - B

ここでEIRPは実効等方放射電力、G/Tは受信系の性能指数、kはボルツマン定数、Bは帯域幅だ。


変調・符号化技術

デジタル変調

現代の衛星通信はデジタル変調が標準だ。DVB-S2X規格では、QPSK、8PSK、16APSK、32APSK、64APSKなどの多値変調方式が定義されている。

C/N比が高い場合は多値変調(64APSKなど)で周波数効率を上げ、低い場合はQPSKで頑健性を優先する。衛星の回線状態に応じて変調方式を動的に切り替えるACM(Adaptive Coding and Modulation)が普及している。

誤り訂正符号

LDPC(Low-Density Parity-Check)符号がDVB-S2以降の標準だ。シャノン限界に近い性能を持ち、衛星通信の効率を大幅に向上させた。


GEOからLEOへの変遷

GEO衛星通信の特徴

高度35,786kmの静止軌道(GEO)衛星は地上から静止して見えるため、アンテナの追尾が不要で24時間連続通信が可能だ。3基で地球のほぼ全域をカバーできる。

しかしGEOの最大の弱点は遅延だ。地球からの往復で約600msの遅延が発生し、リアルタイム通信や金融取引には不向きだ。

LEOコンステレーション

LEO(低軌道)コンステレーションは遅延を20〜40msに短縮する。Starlinkは5,000基以上の衛星でグローバルカバレッジを実現し、地上のブロードバンドに匹敵する速度を提供している。光衛星間リンクにより衛星間で直接データを中継する能力も獲得しつつある。


技術的なポイント

基礎知識

  • EIRP: 実効等方放射電力。送信電力×アンテナゲイン。衛星の送信能力の指標
  • G/T: 受信性能指数。アンテナゲイン÷雑音温度。地上局の受信感度
  • DVB-S2X: デジタルビデオ放送の衛星版規格。変調・符号化の国際標準
  • ACM: 適応変調符号化。回線品質に応じて変調方式を動的に切替え

応用例

  • Starlink: Ka/Ku帯でLEO通信。約5,000基以上のメガコンステレーション
  • Inmarsat: L帯GEO衛星で海事・航空の移動体通信を提供
  • BS放送: Ku帯GEO衛星による直接放送。日本のBS/CS放送の基盤

まとめ

衛星通信は周波数帯の選択、リンクバジェットの最適化、変調・符号化技術の進化により、60年間で飛躍的に大容量化してきた。GEOの安定性とカバレッジは依然として価値があるが、LEOメガコンステレーションの低遅延・広帯域が通信の主役を変えつつある。衛星通信は今、地上の5G/6Gネットワークとの統合という新たな段階に入っている。


参考文献

  • Maral, G. and Bousquet, M., “Satellite Communications Systems”, Wiley, 2020. Wiley
  • DVB Project, “DVB-S2X Standard”, DVB. DVB
  • ITU, “Radio Regulations”, ITU. ITU