INS/GPS統合航法とロケット航法技術

はじめに

ロケットの航法(Navigation)は、機体の位置・速度・姿勢をリアルタイムに推定する技術であり、GNCの「N」に相当する根幹的な機能だ。誘導(Guidance)と制御(Control)がどれほど優れていても、航法が正確でなければ目標軌道への投入も着陸も成功しない。

現代のロケット航法は、INS(Inertial Navigation System: 慣性航法装置)を主体とし、GNSS(GPS/BeiDou/Galileo等)で補正する統合航法が標準となっている。本記事ではロケット航法の基礎から最新技術まで体系的に解説する。


慣性航法の原理

基本概念

慣性航法は、加速度計(Accelerometer)とジャイロスコープ(Gyroscope)からの測定値を積分して位置・速度・姿勢を算出する自律的な航法手段だ。

ジャイロスコープ → 角速度の測定 → 積分 → 姿勢

加速度計 → 比力(加速度−重力)の測定 → 座標変換・重力補正 → 加速度 → 積分 → 速度 → 積分 → 位置

INSは外部信号に依存せず、ジャミングや妨害に対して堅牢な自律航法を提供する。これはロケット航法においてINSが必須とされる最大の理由だ。

プラットフォーム式 vs ストラップダウン式

プラットフォーム式INS – ジャイロでジンバルを制御し、加速度計を慣性空間に対して安定化 – 姿勢の直接出力が可能 – 高精度だが、ジンバル機構が大型・高コスト – Apollo時代のロケットで使用

ストラップダウンINS – センサ(IMU)を機体に直接固定 – 角速度を計算機で積分して姿勢を算出 – 小型・軽量・低コスト – 計算負荷は高いが、現代の計算機で十分に処理可能 – 現代のロケットの標準

現代のロケットではストラップダウンINSが標準的に使用されている。

IMU(Inertial Measurement Unit)

IMUは3軸の加速度計と3軸のジャイロスコープを一体化したセンサユニットだ。

ジャイロタイプ バイアス安定性 用途
リングレーザジャイロ(RLG) 0.001〜0.01°/h 大型ロケット
ファイバーオプティクジャイロ(FOG) 0.001〜0.1°/h 中〜大型ロケット
半球共振ジャイロ(HRG) 0.001°/h以下 高精度用途
MEMSジャイロ 0.1〜10°/h 小型ロケット・補助

ロケットの航法では、打上げから軌道投入まで数百秒間のINS航法ドリフトが許容範囲内に収まる必要がある。高品質なRLGやFOGを用いたIMUが一般的だ。


INSの誤差モデル

主要な誤差源

INSの誤差は積分の性質上、時間とともに蓄積する。

誤差源 影響
ジャイロバイアス 姿勢誤差の線形増大 → 位置誤差の3次増大
加速度計バイアス 速度誤差の線形増大 → 位置誤差の2次増大
スケールファクタ誤差 入力信号に比例する誤差
軸間ミスアライメント 座標系の不一致による投影誤差
ランダムウォーク ノイズの積分による拡散的誤差

シューラー振動

地上近くのINSでは、重力と慣性力の相互作用によりシューラー周期(約84.4分)の振動的な位置誤差が現れる。ロケットの飛行時間は典型的にこれより短いが、上段の長時間コースト飛行では影響が出る場合がある。


GNSS(GPS)航法

ロケットへのGPS適用

GPS(およびその他のGNSS)は、ロケット航法における外部補正手段として重要だ。ただし、ロケット特有の課題がある。

高ダイナミクス – 打上げ加速度:3〜6G – 速度:最大7.8 km/s(LEO投入時) – 高速機動中のGPS受信機トラッキング

通常のGPS受信機は、速度>515 m/s かつ 高度>18,000mで動作を停止するCOCOM制限が組み込まれている。ロケット用GPS受信機はこの制限が解除された特殊なモデルを使用する。

アンテナの課題 – ロケット機体は回転・姿勢変動が大きい – パッチアンテナの指向性とGPS衛星の可視性 – フェアリング内ではGPS信号が遮蔽される – 段分離後のアンテナ位置変更

電離層・プラズマの影響 – 大気圏通過時の電離層遅延 – ロケットプルームのプラズマによるGPS信号減衰

GPS受信機の性能

ロケット用GPS受信機に求められる性能:

パラメータ 要件
測位精度 5〜10m(単独測位)
速度精度 0.1〜0.5 m/s
更新レート 5〜20Hz
最大追尾速度 >8 km/s
最大追尾加速度 >15G
チャネル数 12〜72ch

INS/GPS統合航法

統合の必要性

INSとGPSはそれぞれ相補的な特性を持つ。

特性 INS GPS
自律性 完全自律 外部信号依存
短期精度 高い 中程度
長期精度 ドリフトあり 安定
更新レート 高い(>100Hz) 低い(1〜20Hz)
ダイナミクス対応 優秀 制限あり
ジャミング耐性 強い 脆弱

両者を統合することで、INSの高レートとGPSの長期安定性を活かした高精度航法が実現する。

カルマンフィルタによる統合

INS/GPS統合航法の標準的な手法は拡張カルマンフィルタ(EKF: Extended Kalman Filter)だ。

状態ベクトル(典型的に15〜21次元): – 位置誤差(3) – 速度誤差(3) – 姿勢誤差(3) – ジャイロバイアス(3) – 加速度計バイアス(3) – (オプション)GPSクロックバイアス/ドリフト(2)

予測ステップ:INSの力学モデルに基づいて状態を時間更新

更新ステップ:GPS測位値とINS推定値の差分を観測値として誤差状態を修正

統合の種類

ルーズ結合(Loosely Coupled)

  GPS受信機 → 位置・速度解 ──┐
                               ├── EKF → 統合航法解
  INS → 位置・速度・姿勢推定 ──┘

GPS受信機が内部で測位演算を行い、その結果をEKFに入力する。実装が簡単だが、GPS衛星が4基未満になると更新不可。

タイト結合(Tightly Coupled)

  GPS受信機 → 擬似距離・ドップラー ──┐
                                      ├── EKF → 統合航法解
  INS → 位置・速度・姿勢推定 ────────┘

GPS受信機の生データ(擬似距離・ドップラー)を直接EKFに入力する。GPS衛星が1〜3基でも更新可能であり、ロケットのように衛星可視性が急変する環境に適している。

ウルトラタイト結合(Ultra-Tightly Coupled)

GPSの信号追尾ループにINS情報を注入し、高ダイナミクス環境でのGPS追尾性能を向上させる。最も高性能だが実装が複雑。


着陸航法の技術

再使用ロケットの着陸航法

Falcon 9の着陸では、飛行中に高精度な航法情報が必要だ。着陸精度はメートルオーダーが要求される。

多重航法ソース: – INS:主航法。高レート更新 – GPS:INS誤差の補正。着陸直前まで使用 – レーダー高度計:地表からの高度をcmオーダーで測定 – (将来)ビジョンベース航法:カメラ画像による相対航法

差分GPS / RTK

着陸精度をさらに向上させるために、差分GPS(DGPS)やRTK(Real-Time Kinematic)の利用が検討されている。着陸地点(ASDS船上やLZ-1)に基準局を設置し、cm級の測位精度を実現する。

地形相対航法(TRN)

月面着陸や火星着陸では、GNSSが利用できないためTRN(Terrain Relative Navigation)が使用される。カメラ画像と地図データを照合して自機位置を推定する手法だ。

NASA JPLの火星ヘリコプターIngenuityやArtemis計画の月面着陸機で使用されている技術であり、将来のロケット着陸にも応用が期待される。


航法フィルタの発展

UKF(Unscented Kalman Filter)

EKFの線形化誤差を回避するために、UKFが研究されている。シグマポイントを用いて非線形変換を直接近似する。ロケットの大きな姿勢変動時の精度向上が期待される。

パーティクルフィルタ

非ガウスノイズや多峰分布に対応するパーティクルフィルタも研究対象だ。計算負荷が大きいが、着陸時のマルチパス環境等で有効な可能性がある。

ファクターグラフ最適化

SLAMやロボティクスで発展してきたファクターグラフベースの最適化(iSAM2等)を航法に適用する研究が進んでいる。カルマンフィルタと異なり過去の推定値も再修正できるため、遅延到着する観測データの処理に優れる。


まとめ

ロケットの航法技術は、ストラップダウンINSとGNSSの統合を基本としながら、再使用ロケットの着陸航法という新たな要求に対応して進化を続けている。カルマンフィルタによるINS/GPS統合は成熟した技術だが、着陸精度のさらなる向上のためにRTK-GPS、レーダー高度計、ビジョンベース航法との多重統合が進んでいる。

INSの自律性とGNSSの絶対精度を最適に融合させる航法フィルタ技術は、ロケットのみならず自動運転・ドローン・月面探査など広範な分野の基盤技術であり、今後もロケット航法の発展とともに進化していくだろう。