インドロケットのGNC技術とRLV開発

はじめに

ISRO(Indian Space Research Organisation: インド宇宙研究機関)は、限られた予算で世界水準の宇宙ミッションを達成することで知られる。2014年の火星探査機マンガルヤーン(Mangalyaan)の成功は、低コストで高い技術力を示した象徴的な事例だ。

インドのロケットGNC技術は、PSLV(Polar Satellite Launch Vehicle)GSLV(Geosynchronous Satellite Launch Vehicle)シリーズで培われ、今後のRLV(Reusable Launch Vehicle)開発と次世代ロケットに向けて進化を続けている。本記事ではISROのGNC技術を体系的に解析する。


ISROのロケットファミリー

ロケット 初飛行 LEO能力 段構成 主な用途
PSLV 1993年 3.8トン 4段(固体+液体交互) 地球観測衛星
GSLV Mk II 2001年 5トン 3段(固体+液体+極低温上段) 通信衛星
GSLV Mk III (LVM3) 2017年 10トン 3段(固体SRB+液体+極低温上段) 大型衛星、有人飛行
SSLV 2022年 0.5トン 3段(固体) 小型衛星即応打上げ

PSLVの特殊な構成

PSLVは世界的にも珍しい4段交互燃焼方式を採用している。

推進方式 エンジン 推進剤
第1段 固体 S139 HTPB固体推進剤
ストラップオン 固体×6基 PSOM-XL HTPB固体推進剤
第2段 液体 Vikas NTO/UH25
第3段 固体 S7 HTPB固体推進剤
第4段 液体 2×PS-4 MMH/MON3

固体と液体の段を交互に配置する構成は、制御系の設計を複雑にする。固体段ではTVC(フレキシブルノズルまたは液体噴射TVC)のみで制御し、液体段ではエンジンのジンバリングとスロットルが利用可能になる。この遷移をGNCが滑らかに管理する。


GNC技術の特徴

慣性航法システム

ISROの慣性航法技術は段階的に発展してきた。

プラットフォーム式INS → ストラップダウンINS

初期のPSLVではジンバル支持のプラットフォーム式INSが使用されたが、現在はリングレーザジャイロ(RLG)またはファイバーオプティクジャイロ(FOG)ベースのストラップダウンINSに移行している。

ISROはインド国内でのIMU製造能力を確立しており、輸入規制の影響を受けない自律的なセンサ供給体制を持つ。

NavIC統合 インド独自の地域衛星航法システムNavIC(Navigation with Indian Constellation)のGNC統合が進められている。NavICは7基の衛星(GEO+GSO)でインド洋地域をカバーし、ロケットの打上げフェーズでの測位補助に使用される。

閉ループ誘導

GSLV Mk III(LVM3)の極低温上段では、反復型閉ループ誘導が使用されている。これはSaturn VのIGM(Iterative Guidance Mode)の概念に基づく手法で、リアルタイムの航法データを用いてエンジンカットオフ条件を最適化する。

PSLVの第4段でも閉ループ誘導が使用され、多数の衛星をそれぞれ異なる軌道に投入するライドシェアミッションでは、第4段の複数回再点火と精密軌道投入が実現されている。

制御系の冗長設計

ISROのフライトコンピュータは、ホットスタンバイ冗長(Primary + Redundant)方式を採用している。主系統が故障した場合、瞬時に予備系統に切り替わる。


GSLV Mk IIIの極低温上段

CE-20エンジンの開発

GSLV Mk IIIの極低温上段エンジンCE-20は、ISROが完全に国産で開発したLOX/LH₂エンジンだ。

パラメータ
推進剤 LOX/LH₂
サイクル ガスジェネレータ
真空推力 200 kN
比推力 約442秒
燃焼時間 約580秒
ジンバル ±3°

CE-20の開発はインドの宇宙技術自立の象徴であり、極低温推進剤の取り扱いからターボポンプの設計・製造まで、すべてを国内で完結させた。

極低温上段のGNC課題

LOX/LH₂上段の制御には以下の特有の課題がある。

  • 推進剤スロッシング:低重力環境での液体水素の挙動管理
  • バルブの極低温動作:-253°C(LH₂)での精密バルブ制御
  • 推力増大時の遷移制御:始動トランジェントの管理
  • コースト期間の姿勢制御:RCSのみでの長時間姿勢保持

RLV-TD(再使用打上げ機技術実証機)

概要

ISROはRLV-TD(Reusable Launch Vehicle Technology Demonstrator)で再使用宇宙機の基盤技術を実証している。

RLV-TDはスペースシャトルを小型化したような有翼機体で、大気圏再突入と滑走路着陸の技術実証を目的とする。

パラメータ
全長 約6.5m
翼幅 約3.6m
質量 約1.75トン
形状 デルタ翼付き揚力体

HEX(Hypersonic Flight Experiment)

2016年5月、RLV-TDはHEXミッションで初飛行した。固体ブースターで高度65kmまで打上げ後、マッハ5で大気圏に再突入し、ベンガル湾にスプラッシュダウンした。

このミッションで実証されたGNC技術: – 極超音速(マッハ5)での空力制御 – 耐熱タイル(TPS)の性能検証 – 自律航法による帰還飛行 – 再突入時の空力加熱管理

LEX(Landing Experiment)

2023年4月、RLV-TDはヘリコプターから高度4.5kmで投下され、自律的にINSとレーダー高度計を用いて滑走路に着陸するLEXミッションに成功した。

LEXで実証されたGNC技術: – 自律着陸誘導(エネルギー管理による進入角制御) – 横風対応の着陸制御 – 精密なフレア(引き起こし)マヌーバ – 降着装置(着陸ギア)展開と接地制御

この技術はスペースシャトルのTAEM(Terminal Area Energy Management)およびAutoland誘導に相当するものであり、ISROが有翼再突入体の自律着陸能力を独自に獲得したことを示す。


次世代ロケット計画

NGLV(Next Generation Launch Vehicle)

ISROは次世代大型ロケットNGLVの構想を発表している。

パラメータ 計画値
LEO投入能力 30トン以上
ブースター セミクライオジェニック(LOX/ケロシン)
上段 極低温(LOX/LH₂)
ブースター再使用 垂直着陸(検討中)
エンジン SCE-200(セミクライオジェニック)

NGLVではブースターの垂直着陸回収が検討されており、RLV-TDの有翼着陸技術と並行して、垂直着陸のGNC研究が進められている。

Gaganyaan(有人飛行プログラム)

ISROの有人飛行プログラムGaganyaanでは、LVM3による乗員モジュールの打上げが計画されている。

有人飛行のGNC要件: – 高信頼性の打上げ誘導:人命に関わるためGNC系の冗長性が強化される – クルーエスケープシステム(CES):アボート時の自律脱出 – 精密な帰還誘導:カプセルの再突入と着水/着陸地点の管理

CESの飛行試験(Pad Abort Test)は2018年に実施され、成功している。


インドGNC技術の強みと課題

強み

コスト効率 ISROは限られた予算で高い技術成果を上げることで知られる。GNCシステムも国産コンポーネントを最大限活用し、コスト効率の高い設計がなされている。

自律性 国際的な輸出規制の影響を受けず、IMU・飛行コンピュータ・ソフトウェアのすべてを国内で開発・製造できる体制が確立されている。

豊富な打上げ実績 PSLVは50回以上の打上げ実績を持ち(成功率96%以上)、GNCの信頼性が実証されている。

課題

再使用技術のギャップ SpaceXに対して再使用ロケットのGNC技術には大きなギャップがある。RLV-TDの有翼着陸実証は進んでいるが、垂直着陸のGNCはまだ初期段階だ。

大推力エンジンの開発 CE-20(200 kN)はSpaceXのMerlin(845 kN)やRaptor(2,300 kN)と比較して小推力であり、次世代のSCE-200への発展が課題だ。


まとめ

ISROのロケットGNC技術は、PSLVの4段交互燃焼という独特な構成から始まり、GSLV Mk IIIの極低温上段制御、RLV-TDの有翼再突入体自律着陸まで、着実に進化を遂げている。限られた予算と自律的な技術開発という制約の中で、世界水準のGNC能力を確立した点は高く評価される。

今後のGaganyaan有人飛行とNGLV次世代ロケットの実現に向けて、ISROのGNC技術はさらなる高信頼化と再使用対応が求められる。インドの宇宙プログラムは着実に歩みを進めており、その技術的発展は注目に値する。