ホーマン遷移軌道の基礎|最も効率的な軌道変更

はじめに

ホーマン遷移軌道(Hohmann Transfer Orbit)は、1925年にWalter Hohmannが提案した、2つの円軌道間を最小のΔV(速度増分)で遷移する手法だ。打上げ後のLEOからGTO・GEOへの投入、惑星間遷移の基本計算など、宇宙ミッション設計のあらゆる場面で使われる軌道力学の基礎中の基礎である。


ホーマン遷移の原理

2回のΔVによる遷移

ホーマン遷移は、出発円軌道と到着円軌道に接する楕円軌道を利用する。

  1. ΔV₁(出発バーン): 出発軌道の近地点で加速し、遷移楕円軌道に入る
  2. コースト飛行: 遷移楕円軌道を半周(180°)飛行
  3. ΔV₂(到着バーン): 遷移楕円の遠地点で再び加速し、到着円軌道に入る

計算式

出発軌道半径 r₁、到着軌道半径 r₂ とすると、遷移楕円の半長軸は a = (r₁ + r₂) / 2 だ。ビスビバ方程式(vis-viva equation)から各点での速度が求まる。

v = √(μ × (2/r − 1/a))

ここで μ は地球の重力パラメータ(3.986×10⁵ km³/s²)だ。

パラメータ LEO→GEO遷移の例
r₁(LEO) 6,578 km(高度200 km)
r₂(GEO) 42,164 km(高度35,786 km)
ΔV₁ 約2,457 m/s
ΔV₂ 約1,478 m/s
ΔV合計 約3,935 m/s
遷移時間 約5時間16分

ホーマン遷移の限界

軌道半径比が大きい場合

ホーマン遷移はΔV最小だが、軌道半径比 r₂/r₁ が約11.94を超えると、バイエリプティカル遷移(3回のΔVで2つの楕円軌道を経由する方式)のほうがΔV効率が良くなる。

ただし実用的にはバイエリプティカル遷移は遷移時間が非常に長くなるため、LEO→GEO遷移のような実際のミッションではホーマン遷移が標準的に使われる。

傾斜角変更の追加コスト

GTO投入後にGEOの赤道面に軌道面を変更する(傾斜角変更)には追加のΔVが必要だ。射場の緯度が高いほど傾斜角変更のΔVが大きくなるため、赤道に近い射場からの打上げがGEOミッションに有利だ。


応用:惑星間ホーマン遷移

地球-火星遷移

惑星間ミッションもホーマン遷移の応用だ。地球軌道と火星軌道に接する楕円遷移軌道で火星に到達する。

パラメータ 地球-火星ホーマン遷移
遷移時間 約259日(約8.5ヶ月)
打上げウィンドウ 約26ヶ月ごと
地球脱出ΔV 約3,600 m/s
火星到着ΔV(捕捉) 約2,100 m/s

打上げウィンドウは地球と火星の相対位置関係で決まり、約26ヶ月ごとに訪れる。ウィンドウを逃すと次の機会まで2年以上待たなければならない。


技術的なポイント

基礎知識

  • ΔV(デルタV): 軌道変更に必要な速度増分。ロケット方程式でΔVと推進剤質量の関係が決まる
  • ビスビバ方程式: 軌道上の任意の点での速度を、位置と軌道パラメータから求める式
  • GTO(静止トランスファ軌道): ホーマン遷移楕円そのもの。近地点LEO、遠地点GEO高度
  • 打上げウィンドウ: 惑星間遷移で最適な打上げ時期。天体の相対配置で決まる

応用例

  • GTO投入: 上段エンジン再着火でLEOからGTOへホーマン遷移
  • 火星遷移: 火星EDLに至る前段階としてのホーマン遷移
  • 月遷移: アポロやアルテミス計画のTLI(月遷移軌道投入)もホーマン遷移の変形

まとめ

ホーマン遷移軌道は、2回のΔVで2つの円軌道間を最小燃料で遷移する軌道力学の基本原理だ。LEOからGEOへの投入、惑星間遷移の設計、ミッションのΔVバジェット策定のすべてがこの理論の上に成り立っている。実際のミッションでは傾斜角変更や電気推進による低推力遷移との組み合わせでさらに複雑な軌道設計が行われるが、ホーマン遷移はその出発点として不可欠な基礎知識だ。


参考文献

  • Bate, R.R. et al., “Fundamentals of Astrodynamics”, Dover Publications, 1971. Dover
  • Curtis, H.D., “Orbital Mechanics for Engineering Students”, 4th Edition, Butterworth-Heinemann, 2020. Elsevier