はじめに
Rocket Lab Electronは、ニュージーランドのRocket Labが開発した小型ロケットであり、世界初の電動ターボポンプ搭載の軌道投入ロケットだ。2018年の運用開始以来、50回以上の打上げ実績を持ち、小型衛星専用ロケット市場を切り拓いた。
ElectronのGNCは、電動ターボポンプによる精密なスロットル制御、小型機体特有の空力特性、そしてパラシュートとヘリコプターを組み合わせた独自の回収方式という、大型ロケットとは異なる技術的特徴を持つ。本記事ではElectronのGNCシステムと技術革新を解析する。
機体概要
| パラメータ | 値 |
|---|---|
| 全長 | 約18m |
| 直径 | 1.2m |
| 打上げ時質量 | 約12.5トン |
| LEO投入能力 | 約300kg |
| SSO投入能力 | 約200kg |
| 第1段エンジン | Rutherford × 9基 |
| 第2段エンジン | Rutherford Vacuum × 1基 |
| 材質 | カーボンコンポジット |
Rutherfordエンジン
Electronの革新の核心はRutherfordエンジンだ。
| パラメータ | 海面版 | 真空版 |
|---|---|---|
| 推進剤 | LOX/RP-1 | LOX/RP-1 |
| 推力 | 約25.8 kN | 約25.8 kN |
| ポンプ駆動 | 電動モーター | 電動モーター |
| バッテリー | リチウムポリマー | リチウムポリマー |
| 製造 | 3Dプリント(EBM) | 3Dプリント(EBM) |
| スロットル | 電気制御で高精度 | 電気制御で高精度 |
電動ターボポンプの利点
- スロットル制御の精密さ:モーター回転数を電気的に制御するため、応答性と精度が高い
- ガスジェネレータ不要:エンジンのサイクルが単純化され、部品点数が減少
- 推進剤利用率の向上:GG排気のロスがないため全推進剤が燃焼室で使用される
- 再始動の容易さ:モーター起動のみでタービン駆動が可能
- 混合比の精密制御:酸化剤・燃料ポンプを独立に制御
電動ターボポンプの課題
- バッテリー質量:バッテリーは使い捨ての重量ペナルティ
- 電力供給の限界:大推力エンジンへのスケールアップが困難
- バッテリーの信頼性:リチウムポリマーの飛行環境での安定性
GNCアーキテクチャ
飛行コンピュータ
Electronの飛行コンピュータは、Rocket Labが独自開発した軽量・高性能のシステムだ。
| 特徴 | 内容 |
|---|---|
| 冗長構成 | 3重冗長 |
| OS | リアルタイムOS |
| AFTS | 搭載(GPS/INS) |
| テレメトリ | Sバンド |
小型ロケットでは飛行コンピュータの質量・消費電力がペイロード能力に直接影響するため、コンパクトかつ低消費電力の設計が重要だ。
上昇誘導
Electronの上昇誘導は、9基のRutherfordエンジンのTVCで実施される。外側の8基がジンバル制御され、ピッチ・ヨー・ロール制御を行う。
小型ロケット特有の課題として以下がある。
風感度の高さ 機体が小型・軽量であるため、風外乱の影響が大型ロケットに比べて相対的に大きい。荷重軽減制御がより重要になる。
構造弾性モードの高周波化 機体が小さいため弾性体モードの固有振動数が比較的高く、制御帯域との分離が容易な場合がある。一方、カーボンコンポジットの減衰特性はアルミニウムやステンレスと異なるため、ベンディングフィルタの設計に注意が必要だ。
打上げウインドウの制約 小型ロケットは推進剤の余裕が少なく、風による軌道偏差を吸収する能力が限られるため、打上げウインドウ(許容風速条件)がより制約される。
制御系
9基のRutherfordの推力配分は、Falcon 9と同様のアルゴリズムで処理される。電動ポンプの高い応答性(数十ms)は、制御系にとって大きな利点だ。
バッテリー消費の管理もGNCの一部であり、各エンジンのバッテリー残量をリアルタイムで監視し、エンジンの運用スケジュールを管理する。
Kickステージ
精密軌道投入
Electronの独自技術として、第3段にあたるKickステージ(Photon/HyperCurie)がある。
| パラメータ | 値 |
|---|---|
| エンジン | Curie / HyperCurie |
| 推進剤 | 独自のグリーン推進剤 |
| 推力 | 約120 N |
| 再点火 | 多数回 |
| 精密軌道投入 | ±数km精度 |
Kickステージは第2段のMECO後に分離し、低推力エンジンの多数回再点火により精密な軌道投入を行う。この能力により、異なる軌道面への複数衛星デプロイや、月・金星遷移軌道への投入(CAPSTONE、VenusミッションなどのPhotonベース深宇宙ミッション)が可能になった。
第1段回収技術
パラシュート+空中キャッチ方式
Electronの第1段回収は、Falcon 9やNew Glennの動力着陸とは全く異なるアプローチを採用している。
回収シーケンス 1. 段分離後、第1段は弾道軌道で降下 2. 大気圏再突入時の空力加熱管理(耐熱シールド) 3. ドローグパラシュート展開(高高度での安定化・減速) 4. メインパラシュート展開(さらなる減速) 5. ヘリコプターが降下中のパラシュートをフックで空中キャッチ 6. キャッチ後、ヘリコプターが陸上/船上に輸送
なぜ動力着陸ではないか
Electronの第1段は小型・軽量であり、動力着陸に必要な推進剤を搭載するとペイロード能力が大幅に低下する。パラシュート+空中キャッチ方式は追加推進剤を最小限に抑えつつ回収を実現する。
| 比較 | 動力着陸(Falcon 9型) | パラシュート+空中キャッチ |
|---|---|---|
| 追加推進剤 | 大量(帰還バーン用) | 不要 |
| ペイロードペナルティ | 約30〜40% | 約10〜15% |
| 着陸精度 | 高い(±10m) | 低い(パラシュート降下点) |
| 回収率 | 95%以上(Falcon 9実績) | 開発中 |
| 追加ハードウェア | グリッドフィン、着陸脚 | パラシュート、耐熱シールド |
回収のGNC
第1段回収のGNC要件は動力着陸とは大きく異なる。
再突入姿勢制御 段分離後、第1段はRCS(冷却ガス)で再突入姿勢(エンジン前方、耐熱シールド後方)に遷移する。大気圏突入時の空力加熱を最小化する姿勢を維持し、パラシュート展開条件(高度・速度・迎角)を満たす状態に誘導する。
パラシュート展開タイミング ドローグパラシュートの展開タイミングは高度と速度に基づいて決定される。GPS/INSデータと加速度計データを用いて最適な展開条件を判断する。
実績と課題
2022年5月に初のヘリコプターキャッチ試験が実施され、空中でのパラシュートフック取得に成功した(ただし後にリリースされ海上に着水)。その後も回収技術の改善が続けられている。
Neutronの再使用計画
中型再使用ロケット
Rocket Labは次世代の中型ロケットNeutronを開発中であり、第1段の動力着陸による回収を計画している。
| パラメータ | 値 |
|---|---|
| LEO投入能力 | 約13トン |
| 第1段エンジン | Archimedes × 9基(LOX/CH₄) |
| 第1段回収 | RTLS(動力着陸) |
| 材質 | カーボンコンポジット |
NeutronはElectronで培ったカーボンコンポジット製造技術と電動制御技術を基盤としつつ、Falcon 9型の動力着陸に移行する。Archimedesエンジンは酸素リッチ段間燃焼サイクルのLOX/CH₄エンジンで、ディープスロットル能力を持つ。
ElectronからNeutronへの技術移転
| 技術 | Electron | Neutron |
|---|---|---|
| 製造 | 3Dプリントエンジン | カーボンコンポジット機体 |
| 制御 | 電動ポンプの精密制御 | ターボポンプ+精密制御 |
| GNC | 上昇誘導+回収 | 上昇誘導+動力着陸 |
| 再使用 | パラシュート回収 | 動力着陸RTLS |
まとめ
Electronは電動ターボポンプという革新的な推進技術とカーボンコンポジット機体を組み合わせ、小型ロケット市場を切り拓いた。そのGNCは電動ポンプの精密な制御応答性と、小型機体ならではの軽量コンピュータ設計が特徴だ。
パラシュート+空中キャッチという独自の回収方式は、小型ロケットにおけるペイロードペナルティと回収のトレードオフに対する合理的な解答であり、動力着陸とは異なるGNC課題を提起する。Neutronの開発により、Rocket Labは小型ロケットで培った技術を中型再使用ロケットにスケールアップし、SpaceXやBlue Originとの競争に参入する。